はじめてのしうかつ(公開用修正版)

(この記事にはフィクションが混じっています。現実と虚構の区別が出来ない方、想像力が著しく欠如している方はお帰りください。)

来年度からの身の振り方がほぼ決まった。「ほぼ」というのは一部の手続きを終えていないという意味で、結果は出ているし、家族とも相談済みだ。

私は所謂バイオ(?)系の研究を博士課程で行っており、今年度で標準修業年限を終えるため就職活動を行っていた。最近は博士向けの就活エージェントなども登場しているため淡い期待を持って始めたが、結論として私の就活は散々だった。

 

序章.就活を始めなければいけなくなった

就活を始めた切っ掛けはよくある話で、所属している研究室の予算状況が変化し、翌年度に私が雇用される枠があるかどうか不確かになったことだ。加えて、所属している研究室には私よりシニアなポスドクが数名おり、当たり前だが私より実力も実績も数段上回っている。となると、大型研究費の獲得を考えたときにシニアポスドクらの存在は私より重要になり、切り捨てるのであれば彼女・彼らより私が先だろう。私が研究室を主宰する立場にあればそうするし、そこに恨みもないのだが、何にしても稼がなければ食っていけない。年度が変わる前に別の研究費を獲得できる可能性もあるが、そこに期待して何も手を打たないのは流石に無謀過ぎる。

 

前章.スロウスタート現実編

そして就活を始めた。始めた時期は今年度に入って翌年度の研究費について状況が分かった直後。博士新卒の採用は経団連の取り決めの外にあるため、多くの企業が秋から1年半先の採用を見据えて選考を行っている。つまり、私はスタートラインにすら立つことができなかった。院卒が応募可能な学部新卒向けの採用も、ほとんどの大企業がエントリーを締め切っており、予想通り初手で詰みかけていた。

元々自分の性格や履歴書的に大企業は無理だろうと考えていたのもあり、ベンチャー企業の採用も調べた。ベンチャー企業や新興企業の特徴に、社員の平均年齢が比較的若い点がある。ここが一番の鬼門だった。書類選考(ほぼ全員通過)を通って面接へ行っても、帰ってくるフィードバックは「新卒採用をするには年齢が…」という内容ばかり。博士新卒も採用対象にしていると謳う会社に年齢を理由に落とされた時は乾いた笑いが出た。

なりふり構っていられないので、転職サイトにも登録した。恐ろしい勢いでブラック企業からのスカウトオファーが届いた。外資系の応募に必要だったため、TOEICを受験してスコアを登録した。その直後に「自己PRを何度も読み返しました」というオファーメッセージが来た。私は一文字も自己PRを書いていないのに。

私の研究内容と共通する部分が多い中途採用求人にも応募した。「即戦力を求めているので不採用」という回答が来た。企業で研究すると2~3年でそんなに研究能力が高まるんですかね?研究と全く関係ない中途採用求人にも応募した。「社会人経験が足りない」という回答が来た。何が社会人だ私だって扶養を外れて諸税に加えてバカ高い各種社会保険料を納めているぞ。資本に尻尾を振る労働者経験って正確に言え。

間に合う範囲で公務員採用試験も応募した。募集要項に記載されている手当ての金額は、地方都市より都市部の方が低かった。都市部では待遇を改善しなくても人が来る一方で、地方では待遇を改善しても辞めていくくらい人が減ってしまい、人手不足による激務から労働環境の悪化に歯止めが効かなくなっている。そんな、社会構造が抱える†闇†も垣間見えた。

それにしても、受験の度に方々へ行くと旅費がかさむし時間もかかる。かと言って、都内の大学院に通学すると交通費と家賃がかさむ。この辺はどっちもどっちだろうか。セミナーや勉強会などは東京で開催される件数が圧倒的で、他の都市では太刀打ちできないが。

 

後章.「博士は就職できない」は嘘でも本当でもある

私が就活中に改めて感じたこととして、産業に直結しない分野の博士就活はかなり厳しそうだという点がある。工学全般、情報学(一部の数学・物理学含む)、化学(特に材料系)、医薬学(がん、創薬再生医療)などであれば求人の数は多かったし、博士向けの就職・転職エージェントが扱う求人もほとんどがこの分野に当てはまっていた。逆にいうと、博士向けエージェントサービスは現時点でほぼ存在価値がなく、先に挙げた元々需要がある分野以外を開拓できていないように見えた。実際のところ、私が登録したエージェントは伝書鳩未満(伝書鳩の方が直接相手とやり取りできる分だけマシ)な働きしかしてくれなかったので、説明会へ参加するために利用するくらいでちょうどいいだろう。某エージェントの企業説明会は初回から採用担当者と密に話ができたため、マッチングという本来の目的を達成するには良いシステムだと感じた。

コンサル企業は使える人材なら誰でも良いというスタンスに感じたが、某社には能力が一定水準以上なら若い方を採用すると明言された(ここら辺は採用担当次第かも知れない)。データサイエンス系も院卒を採用しているが、統計やプログラミングの知識と経験、適性がないと若干厳しいものがある。

年齢については、浪人やオーバードクターなどで少し重ねても、採用時に29歳ならどうにかなる可能性が高い。多くの求人で採用時29歳以下が要件として掲げられていた。特にIT関連の労働者派遣業や、経験者が極端に少ない業種(こちらはホワイト企業が多い印象を持った)は応募者の背景を問わず間口を広く募集していた。30歳を超えると選択肢が一気に減り、物流系、土木建築系、工場勤務の求人が目立っていた。

最初の話に戻るが、博士やポスドクからでも就活できると喧伝しているのは(少なくとも私の観測範囲では)非常に限られた分野に携わる人間だけだ。これは当たり前のことだが、営利企業は利益を上げなければ成り立たない。大学院で行う研究や培われる技術が将来的に利益へつながる可能性があれば博士に行っても就職できるだろう。しかし、その可能性がないなら就職は難航する確率が高い。博士進学を諦める、あるいは進学後に博士課程を中退するというのも勇気ある決断ではないか。ちなみに私の研究分野は利益につながる可能性が低いものであり、私のはじめての就活は予想通り難航した。

 

終章.就活、選考の果てに…

そんな救いようがない私の就活戦線だったが、高評価をいただけた企業も数社あった。それらは老舗企業や設立10年程度のベンチャー企業などで、構成年齢が若干高めだった。いずれの採用担当者も私の将来を真剣に考えてくださり、そのうち1社は「待遇やキャリア・人脈形成を考えると、うちに決めず貪欲に就活を続けた方が良い」と前置きしつつも「採用枠は空けておくからいつでもおいで」とおっしゃってくださった。この採用担当者には生涯感謝し続けるだろう。

ただ、結果として就職ではなく、運良く合格した某大学医学部へ学士編入することに決めた。研究、就活、学会を含めた出張などに追われており試験対策は全くできていなかったので、試験当日は記念受験の心持ちだった。学部生からやり直すことになるが、研究を続けられる可能性があること、経済面、自己実現などを考慮すると最善の選択肢と判断した。家族には頼れないが、当座の生活費もどうにかなる目処が立っている。

博士課程に進学したことについて後悔はほとんどない。もちろん辛いこともあったが、総合的に考えると楽しいことの方が多かった。学士編入試験の合格も博士課程の副産物的な側面がある。ただ、こう言えるのは自分で納得の行く結果が得られたからで、そうでなければ今後の生活に関する不安で押し潰されそうになっていたと思う。安易に他人へD進を勧めるべきではないと再確認した就活だった。