教育は頭から腐る - 大学入試における"マイノリティー"差別 -

(記載内容における誤りのご指摘や追記した方が良い事柄等があれば、コメントあるいはTwitter@mito_0120までご教示ください)

 

大学入試とその周辺制度に関する萩生田文科相の舐め腐った発言(その2)から2週間余り経った(その1は"身の丈"発言)。しかしながら、年末年始と世界中を賑わすニュースが連続しており、高等教育の修学支援新制度(以下、単に「修学支援新制度」と呼ぶ)、特に国立大学の授業料免除制度の改変が孕む問題への指摘は、2020年度の大学入試を目前に控えて風化しそうになっている。

this.kiji.is

・国立大学学費減免に係る制度改悪

この改悪がそもそも孕んでいる問題に関しては、あみき(@OnicPac)さんによる一連の指摘が網羅的で、かつ隣接する諸問題も併せて取り上げられており、理解を大いに助けると思う。下記のリンクより是非とも目を通していただきたい。

あみき on Twitter: "今から国立大授業料免除制度改悪問題の現況について問合せや調査をして判明したことを整理して書きます。このツイートにぶら下げていきます。
相当長い連ツイになると思います。

私が修学支援新制度について抱いていた懸念の大部分は、上のあみきさんによる一連のツイートで指摘されている。そこで、本稿ではそもそも大学入試におけるマイノリティー高認取得者や高校卒業後複数年経過した受験生)がどのような差別を受けているか、今回の制度変化によってこぼれ落ちる大学入試マイノリティーとそれに対する文科省の対応がいかに無思慮であるかについて掘り下げる。

 

・国による大学入試マイノリティー差別の予兆

修学支援新制度と大学入試マイノリティーに係る問題を扱った記事の内、最も周知されているものは1年前の↓であろう。

anond.hatelabo.jp

上の記事の出発となる問題点は、「修学支援新制度の対象から高認取得者や21歳以上で入学する人間を除外するか否かを文部科学省が検討した」ことだ。身元が不特定多数の人間に特定されやすくなるためあまり公にしたくはないのだが、かくいう私自身も高認(旧大検)取得者である。そのため、私の友人・知人にも高認取得者が多く、年齢層は幅広い。18歳未満で高認を取得して18-20歳で大学へ進学する人間もいれば、事情があって30歳に近付いてから大学進学を志した人間もいる。つまり、この文科省の行動は、「(文科省の想定する)標準的な人生のレールから外れた人間が高等教育を受ける機会の均等性を否定するかどうかを国が検討した」と言い換えて差し支えないだろう。

扱う問題が異なるとは言え、冒頭の萩生田文科相の発言は、「この均等性が特定の年代(世代ではない)において行政・政治の作為により失われることを容認しろ」という国民へのメッセージに他ならない(この点は後述する)。

 

・大学入試そのものにおけるマイノリティー差別と容認

大学入試マイノリティーに対する各種修学支援制度での差別(あるいはネグレクト)とその風潮は上で紹介した記事にある通り明らかだが、大学受験本体においても差別が行われている。本項では大学入試マイノリティーの中でも、特に高認取得者に対する差別(が疑われた)事例を列挙する。

大学受験における高認取得者に対する差別が公に認められた例としては東京医科大学の事例が記憶に新しい。

web.archive.org

当初は高認取得者に対する不利な扱いは「疑い」と報道されていたが、再判定により存在が認められている。高認取得者への差別に対するツイートやコメントは散見されたが、女性や多浪生への差別に対する反応と比較して、その数は極めて少ない。この状況を反映するかのように、次の例では高認取得者への差別は問題にすらされていない。

 

下の報告書に基づけば、福岡大学医学科では高認取得者の調査書に係る採点が自動的にD評価となっていた。高認取得者というだけで50点満点の試験において最大35点しか獲得できなかったことになる(報告書のp.3を参照されたい)。

https://www.fukuoka-u.ac.jp/upload/499002afe1f6db94abf202580edb5dc2.pdf

本報告書から「高卒認定取得者という属性による差別」が行われていることは明らかであるが、報告書内では高卒認定取得者の調査書を一律にD評価として扱った点について言及していない。報告書作成の経緯を考えれば、高認取得者への差別は調査目的の埒外であり妥当と考えられる。しかし、福岡大学医学科入試における高認取得者差別は、東京医科大学による差別と同様に、高認取得者として到底承服できるものではない。

現在の福岡大学医学科入試において高認取得者がどのように扱われているか定かではない。ただ、令和2年度入試の募集要項によると、高認取得者は「調査書」として合格証明書または合格成績証明書(高認試験の点数に基づく評価がA~Cの3段階で各教科毎に記されている)の提出が求められている。高認取得者に対しても高卒者同様に公正な評価を行うのであれば、合格成績証明書の提出を要求するべきではないか。

 

加えて、だいぶ前の事例になるが、秋田大学医学科を受験した高認取得者が面接試験の点数を前後期とも0にされた例もある(※1)。もっとも、こちらは面接試験の採点基準というブラックボックスの中身が明らかとされるに至らなかったため、高認取得者という背景が0点の原因かどうかは断言できないことに留意されたい。

www.asahi.com

※1 余談だが、私自身も某大学の面接試験で酷い点数を付けられた経験がある。筆記試験の出来は良かったが、面接試験の結果が悪過ぎて落ちていた。こちらもブラックボックスとなっており高認が原因かどうかは不明だ。しかし、高認取得周辺の事柄を執拗に掘り下げられたことや、伝え聞いた他の受験生に対する面接官の態度が私に対するそれと比較して大きく異なっており、気分が悪かったことをよく覚えている。

 

高認取得者は絶対数が少ないが故に挙げられる声がどうしても小さくなってしまう。東京医科大学の件も金銭絡みの不正に端を発し、さらに女性差別が指摘されたからこそ、副産物として高認取得者への差別が公に認められた。高認取得者だけでは母数が少なく、差別があったとしても認定されるだけの証拠が集まることは稀だろう(秋田大学の事例のように然るべき機関によるメスが入らないまま終わってしまう)。大学入試における高認取得者への差別については、高認試験の設置者である文科省が改善を主導しない限り無くなることはないと考える。では文科省を動かすためにどうすれば良いかというと、やはり当事者が声を上げなければならないのだろう。

補足だが、本項での事例が医学科入試に偏っている理由は、一般入試において面接や調査書のような受験者の出自・属性による差別が入る余地のある評価方式を採用している学部・学科の多くが医学科であるためだ。大多数の推薦入試やAO入試では、そもそも高認取得者を含めた大学入試マイノリティーに受験資格が与えられていない。一方で、私の友人の医学科合格者には、高認取得者は勿論のこと、入試合格時点で高校卒業後数年経過していた者もおり、全ての医学科が大学入試マイノリティーを差別しているわけではないように思える(差別を受けても合格するくらい試験の点数が良かっただけ、という可能性も否定できないが)。

 

・誰が修学支援新制度の"痛み"を受けるのか

修学支援新制度における大学入試マイノリティーの扱いに話を戻そう。

修学支援新制度の対象は、大まかに

    1. 高校卒業後、2年度以内に大学等へ入学する者

    2. 高認合格後、2年度以内に大学等へ入学する者(※2)

    ※2 高認受験資格取得から数えて5年度を過ぎて高認に合格する場合は、毎年度高認を受験することで対象となる

に分けられる。詳しい内容は文科省による資料JASSOのホームページを参照されたい。

来年度からの修学支援新制度は「給付型奨学金」と「学費減免」の2本の柱からなる。この内、今回改悪されるのは「学費減免」の方だ。国立大学における現行の学費減免制度について、収入基準は大学毎にバラツキがあるものの、改悪後の収入基準は現行制度と比べると(私がざっと調べた限りにおいて)非常に低く設定されている。また、現行の当該学費減免制度において、高校卒業後あるいは高認合格後の経過年度数により申請資格が制限されるという記述は見たことがない(ある場合はお知らせ願いたい)。よって、本改悪の問題点は「学費減免対象者の収入基準引き下げ」と「学費減免に係る高校卒業後(高認合格後/高認取得まで)の経過年度による申請資格制限の新設」の2点に集約できる。

本改悪において不利益を被る当事者は、「現行の制度を頼りにしている大学在学生」、並びに「大学進学を準備していた人間(あるいはこれから進学を志す人間)」である。しかし、文科省はこれらの当事者の中でも現時点で大きな声を上げられる者、すなわち既に国立大学へ在学している者だけに配慮した特例を設置し、現時点で大学に入学していない人間を冒頭の決定によって完全に切り捨てた。"端境期"であると自覚しているのであれば、せめて従来制度と新制度を数年間併用するのが最低限通すべき筋だと私は考える。冒頭で紹介した記事も、特例が設置されて然るべき(だという意見がある)状況において特例が設置されなかったことに対する反応であろう。

冒頭の決定によって特に大きな"痛み"を与えられた人間は、既に高校卒業あるいは高認合格から2年度が経過している大学受験者や、これから高認を受験予定で今年度中に21歳以上となる大学受験者だ。この中には既に大学受験の準備に取り掛かっている者や出願を済ませている者もいるだろう。彼らが高等教育を受けたいと希望して積み重ねた努力を、文科省は入試本番直前になって潰した上、あろうことか"痛み"を与えた張本人である文科省のトップが"痛み"を理解し耐えろと宣った。これが侮辱以外の何だというのか。この発言が出る素地は"身の丈"発言と同様で、結局は自分(とその関係者)に不利益が生じなければ良いという姿勢だ。

国立大学の学費減免制度が新制度に一本化された場合、何らかの事情で高校卒業後2年以内に進学できない者や、高認合格から(あるいは高認受験資格取得)から時間が2年が過ぎた者は、いくら優秀であっても、如何なる事情があっても、自らで学費を支弁しなければいけなくなる。

高校卒業後2年以内に進学できない理由?そんなものはいくらでも考えられる。進学希望者自身の療養、子育て、介護、弟や妹の養育、etc。それ以外にも、親による進学の妨害(時に暴力が伴う)などもある。世の中というのは無慈悲で、これらの事情には金銭的負担が伴うことが多い(治療費、養育費、介護費など挙げればキリがない)。現行の制度においても、親から経済的虐待を受けた場合(例:保護者が十分な収入を得ているにも関わらず、子の進学費や生活費を援助しない)の救済措置は皆無に等しい。これは、国立大学の多くが学費減免制度の運用に当たって学部生を独立生計者とみなさないことによる(※3)。この問題に関連してTritamaさん(@T_ritama)の記事に大きな反響があったことは記憶に新しい。

※3 京都大学は学部生であっても要件を満たせば独立生計者として認定するようだ(参考)。しかし、"他大学よりはマシ"な程度であり、経済的虐待に有効な内容ではない。

t-ritama.hatenablog.com

金がないなら自分で稼げば良いと言う意見もあるだろうが、高卒の平均初任給が17万円に満たないことを踏まえて概算すれば、年間賞与を4ヶ月としても年収は額面で270万円程度(学振DCより高いな…?)。ここから税金や各種保険料が引かれた手取りで独立生計を立てつつ、国立大学4年間の学費と入学料の合計約250万円+当座の生活費を貯めるだけでも数年単位の準備期間が必要だろう(※4, 5)。フルタイムで働きながら大学受験の準備を進めるだけでも十分大変だ。これで進学希望者自身のことだけ考えれば良い状況ならまだマシであるが、そう甘くない例が多いことは既に述べた。

※4 私の友人には大学4年間の学費と生活費を1年以内に用意した猛者が複数名いるが、競馬で数百万円稼いだりと特殊な例に限られている。

※5 加えて、一部の国立大学において学生寮が廃止・縮小されている現況も、大学進学に係る経済的負担の増加に拍車を掛けている(そもそも学生寮の入寮審査においても両親の収入が考慮され得る)。

 

・大学受験マイノリティーは「遠くの世界の誰か」ではない

一般的な高校を卒業した直後に大学へ進学する人々と比べて、大学受験マイノリティーは大学入学までに乗り越えるべき障害が多い傾向にある。しかし、大学入学後はその背景に関わらず、同じ講義を受け、同じ定期試験を受け、同じゼミや研究室で学び、同じ学位を取得する。大学受験マイノリティーであった私の友人たちも、各々の道は違えど、他の人々と同じ職場で働き、同じ街で生活している。本稿では便宜上「大学受験マイノリティー」と一括りに呼んでいるとはいえ、大学進学に至るまでの道のりが違うだけで同じ人間なのだから当たり前なのだが。

これは、逆説的に「当たり前の様に高校を卒業して大学進学を果たした人間が大学受験マイノリティーになっていた可能性」を示唆する。ある日突然いじめの標的にされたかも知れない、ある日突然治療に時間を要する難病を発症したかも知れない、3年連続でセンター試験当日にインフルエンザによって動けないほどの高熱が出たかも知れない(これは身近に実例があった)。大学受験マイノリティーは、(不幸な)偶然であったり、一般的な想定が及ばない状況(あるいはいじめの様に構造上少数しか陥らない状況)で生じる。不登校児の親のテンプレ的な発言に、「まさかウチの子が」というものがある。大学受験マイノリティーが生じる原因は不登校だけではないが、私達大学受験マイノリティーはそういった様々な「まさか」の産物なのだ。

そんな自分の手に負えないハンデを乗り越えて学問を志す人間は、毎年の高認合格者数から類推するだけでも10,000人/年のペースで生み出されている。全員が国立大学進学を志望する訳ではないにせよ、高校を卒業してくる大学受験マイノリティーも含めれば相当な人数だ。こういった背景を元に冒頭の萩生田文科相のコメントを振り返ると、如何に見苦しい開き直りを教育行政の長が行ったかがよく分かる。是非とも国立大学における学費減免制度の改悪を白紙に戻していただきたい。

もし当該制度の改悪が強行されたとしても、この記事が大学受験マイノリティー差別とそれが文科省にすら容認されている現状の周知にわずかでも寄与し、これから学問を志す誰かの一助に繋がる様に願っている。