Pokémon GOにより死す

(注:この記事はわたし@mito_0120がとある論文のことをどれだけ好きかだらだらと語る駄文です。研究室のJournal Clubのようにacademicな文章や内容を期待しないようにお願い致します。そして無駄に長いです。)

ほとんどの方ははじめまして。東京の片隅でひっそりと研究のような何かをしている者です。

この記事は今年読んだ一番好きな論文2017 Advent Calendar 2017 - Adventarの12月9日分です。おまつりけばぶさんによる開催要項はこちら。おまつりけばぶさん、ご企画ありがとうございます!

飛び入り参加ですので、他の方とネタが被らないように出来るだけ新しい論文を選びました。加えて、たくさん紹介されるであろう生命科学系や情報系ではなく、かつ多くの方に理解していただけるような論文を。

それがこちら。

papers.ssrn.com

ドイツ語で言うとDer Tog durch Pokémon GO(Pokémon GOにより死す)ですね。タイトルからして出オチ感がすごい。

日本のニュースサイトでも取り上げられていましたので、もしかすると日本語でレビューされているかと思いましたが、ほとんどは研究から得られた結論への言及に終止し、この論文の(わたしにとっての)面白さを伝えてくれている記事は見当たりませんでした。

だったら私が伝えようじゃありませんか!論文の結論については適当にググっていただければ日本語の記事が見つかりますのでそちらをどうぞ車輪の再発明はわるい文明。

 

・そもそもPokémon GOって何?

Pokémon GOはNiantec社が開発した位置情報ゲームアプリです。2016年7月6日(日本では2016年7月22日)のリリース後から世界中で急速にユーザー数を伸ばし、話題になりました。

2016年8月時点における国内のアクティブユーザー数は1000万人超でしたが、2017年6月時点では推計442万人とだいぶ落ち着いた様子です。

www.valuesccg.com

 

落ち着いたとは言っても数百万人単位でアクティブユーザーがいますので、先月行われた鳥取砂丘イベントには万単位の人が押しかけたとか。

www.itmedia.co.jp

 

Pokémon GOは位置情報を利用するゲームということもあり、移動中に操作を行うプレイヤーがいました。それらのプレイヤーが引き起こした交通事故は、Pokémon GOの名称を使用しながらニュースで取り上げられました。

www.jprime.jp

上にお示しした記事は一例ですが、"ながら運転"と称すれば済むところを、あたかもPokémon GOにより交通事故が増えていると思わせるような書き方、報じ方を耳目にした記憶はみなさんお持ちではないでしょうか。もちろん、ながら運転におけるPokémon GOの割合は増えていたのでしょうが、「Pokémon GOがリリースされたことにより交通事故が増加した」と結論付けるためには研究を行う必要があります。

 

・先行研究〜日本の場合〜

今年の10月にPokémon GOが日本の交通事故へ与えた影響について検証された論文(Brief report)が発表されました。それが↓です。

injuryprevention.bmj.com

上の論文では2015年と2016年の日本国内における交通死亡事故の数値を基に解析を行い、Pokémon GOが与えた影響は無視できる程度に低いだろうと結論づけました。この結論は「Pokémon GOがあろうがなかろうがスマホをいじる人間はスマホをいじる」と考えれば妥当であるように感じます。

"Death by Pokémon GO"の中でも1988年から一貫して減少していた米国における交通事故の件数が2011年を境に増加へ転じたことと、Apple社のApp Storeにおけるダウンロード数を指標としたスマートフォン普及の関係について言及しています(もちろん様々な要素があるのでかんたんに結論は出せないという前置きをしています)。ちなみに、このダウンロード数はWikipediaより引用されています。日本の大学に多数生息するWikipediaアレルギー患者が見たら卒倒しそうなことをさらっとやってのける点も、わたしのツボにはまった部分です。

一方で、死亡事故以外の交通事故や交通事故の発生状況についてはまだまだ検討の余地が残されています。"Death by Pokémon GO"はこれらの点についても考察を行っています。

 

・この論文のここが好き①:謝辞に載っている人の肩書とデータの無償提供

"Death by Pokémon GO"では米国インディアナ州のTippecanoeという街で起きた交通事故について研究を行っています。Tippecanoeといえばテカムセの戦争における戦闘が有名ですね。

研究の対象とした期間は2015年3月1日から2016年11月30日までで、交通事故データは"The Lafayette Police Department, the West Lafayette Poloce Department, the Purdue University Police Department, and the Tippecanoe County Sheriff's Office"の4組織により提供されています。これに関連して"Death by Pokémon GO"の謝辞には警察関係者の名前が挙げられています。その肩書がChiefやSheriff、Captainなんですよね。米国は警察組織によって階級における肩書が異なりますので、これらの肩書がどの程度の階級を示しているのかわかりませんが、警察と無縁な研究をしているわたしからするとかっこよさしかありません。

また、交通事故データについては照会1件あたり通常8〜12USドルが請求されるそうですが、今回の研究にあたっては全データが無料で提供されたそうです。米国の警察組織は組織間で転職(異動ではない)が当たり前で、民間企業寄りの感覚です。その中で、対価を求めずデータ提供のために労力を費やしたという点は驚きでした。

 

・この論文のここが好き②:3ページに渡るPokémon GOの説明

さて、この記事で紹介する論文"Death by Pokémon GO"が先に紹介した日本の論文と大きく異なる点はPokémon GOというゲームの性質に寄り添ってその影響を検討した点に尽きるでしょう。

Pokémon GOの特徴は位置情報の利用にあるということはすでにお伝えしたとおりです。Pokémon GOにおいて、プレイヤーは実際の地図に沿ったマップ上で活動します。プレイヤーの位置は端末の位置情報を元に決定されるため、ゲーム内で移動するためにはプレイヤー自身も移動する必要があります。

Pokémon GOにおけるプレイヤーの目的は"Pokémon"と呼ばれるキャラクターを収集することです。PokémonはPokémon GO内の地図へ不定期に出現します。Pokémonを捕まえるためには"Poké Ball"というアイテムを使用する必要があり、Poké Ballは使用すると数が減っていきます。Poké Ballは地図上に配置された"PokéStop"と呼ばれるポイントへアクセスすることにより「無料で」手に入れることができます。つまり、無課金でPokémonを集めようとすると、多くのPokéStopへアクセスする必要があります。

PokéStopへアクセスするためにはPokéStopの半径約50m以内に近づく必要があります。しかし、例えば時速50kmで移動している車に乗りながらアクセスしようとするとたった7秒しかチャンスがありませんので事前にPokémon GOを起動しておく必要があり、そのためにはPokéStopの416m手前から準備しなければいけないと"Death by Pokémon GO"で推測されています。

"Death by Pokémon GO"の論文のすごいところは、このようなPokémon GOの仕組みについての解説が7ページ目から9ページ目にかけて約3ページに渡り行われているところです。未だかつて Pokémon GOのプレイ方法についてここまで詳細に記した論文があったでしょうか(Pokémon GOと身体活動に関する論文もあるので、そちらで記述されているかもしれません)。加えて、著者らは以前"ながら Pokémon GO"をおこなっていたErgoという Pokémon GOプレイヤーに聞き取りを行い、 PokéStopの約83mかそれ以上手前からアプリを起動していたという話を記しています。そこ、名前出していいんだ。

ちなみに 、Pokémon GOでは"Gym"と呼ばれる Pokémon同士を戦わせるポイントもあります。しかし、Gymでのプレイは数分要するため、 運転しながらプレイすることは困難だと結論付けられ、解析はPokéStopの周辺についてのみ行われました(GymはPokéStopに対するコントロールとして用いられます)。これら一見当たり前のように思える点についての詳細な検討・記述からは研究に対する真摯さが汲み取れます。

 

・この論文のここが好き③:ゲーム攻略サイトとコラボレーション

続いて 、警察から提供された事故データとPokéStopのデータをmergeさせていくわけですが、公式に提供されているPokéStopの位置データはありません。そこで著者らが目をつけたのが非公式攻略サイト"PokémonGoMap.info"です。

www.pokemongomap.info

 このサイトは全世界のPokéStopやGymなどの情報を網羅しており、それらをGoogle map上で確認できます。利用料金の設定がなくAdがついているところを見ると、広告収入で成り立っているサイトと推測できます。例えば研究結果によりPokémon GOの配信が停止された場合は広告収入が減少するため、データ提供によりサイトの運営者が不利益を被ります。しかしながらPokémonGoMap.infoの管理者であるStuart Grahamは著者らにデータを提供しました。そして非公式のゲーム攻略サイトとの管理者が謝辞に名前を連ねるという珍しい現象が起きたのです。

 

・まとめ 

データ収集の後、著者らはPokémon GOリリース後の事故件数、特にPokéStop近辺における事故件数や被害額などの算出を行いました。もちろん、記載があるものについては事故の原因(携帯電話の使用、運転者の眠気や疲れ等)についても解析を行っています。そして、Pokémon GOリリース後148日間の交通事故による損失額の上昇が520万〜2550万USドルに上ると推定しました。全米規模に外挿した場合は推定20億〜73億USドルに上るそうですから相当な額です。

しかし、わたしがこの論文"Death by Pokémon GO"を好きな理由はその結果やテーマの面白さよりも、むしろ上に挙げたような研究計画・準備と丁寧な記述にあります。共同研究依頼や材料のリクエストをした経験がある方ならわかると思いますが、外部へ何かをお願いすることは非常に大変な作業です。ましてや複数の警察組織や世界中からアクセスされるウェブサイトの管理者と交渉し、相当な量のデータを提供してもらうことは相当骨が折れたのではないかと想像しています(しかもPokéStopの位置データについては相手にリスクを負わせる状態で!)。

というわけで、冒頭で申し上げたとおり、推計の過程や結果についてほとんど触れずにこの記事は終わりになります。この論文の本文を実際に読んでいただくと味わい深さがさらに増すと思いますので、ご興味を持たれた方はぜひ下のリンクからお読みください!
papers.ssrn.com