マウスの腸にも三年

(記事の内容に誤り・ご意見などございましたら@mito_0120までご連絡下さい)

この記事は今年読んだ一番好きな論文2018 Advent Calendar 2018 - Adventar

の12月13日分(キャンセル枠に飛び込み)です。おまつりけばぶ(@kebabfiesta)さんによる開催要項はこちら。おまつりけばぶさん、今年もご企画ありがとうございます!

ちなみに去年の私の駄文はこちら↓

mito0120.hatenablog.com

 

で、今年ご紹介する論文はこちら↓

science.sciencemag.org

タイトルがシンプルですね。共著者も4名と、ウェットな実験を含んでいる割に少なめです。ちなみにセカンドオーサーは日本出身の鈴木太一先生です。以前から一方的に存じ上げているのですが、彼はすごいですよ(語彙)。

内容もシンプルで、実験結果を簡単にまとめると、

「違う場所から連れてきたマウスを同じ施設内で継代飼育したら腸内細菌叢の類似性が高まった」

なんと1行でまとまります。

それでは例のごとく論文の詳しい内容は各自でご確認下さい。Scienceを購読していない大学・研究機関はあまり聞いたことがないため大体の方は困らないという判断ですが読めない方はごめんなさい。

 

大体の方は上の一行まとめを読んで、

「は?それだけ?」

と思うのではないでしょうか。思わない方は下に書いてあることを読んでも得るものは(おそらく)ありません。おつかれさまでした。

 

みなさんご存知の通り人間やマウスの腸内には細菌が住んでおり、細菌叢を形成しています。細菌叢による免疫・神経系への影響は脊椎の有無に関わらずここ10年?位のホットトピックですね。

ところで、ヒト新生児の腸内細菌叢は成人のそれと比較して"未熟"です。この未熟さが乳児ボツリヌス症を引き起こすと考えられていますが、そのあたりについてはアレvol.3についても少し書いています(売れても私には1円も入らないよ!念の為)。

are-club.com

 

子宮の中は基本的に無菌状態です。ゆえに新生児の腸内も出産直後は無菌状態です。そこへ徐々に様々な細菌が定着していくことで徐々に成熟した細菌叢が形成されていきます。新生児は環境中から細菌を取り込むと考えられていますが、腸内には偏性嫌気性細菌(大気と同レベルの酸素存在下で死ぬ細菌)も存在しています。そのため全ての細菌が同様の経路で取り込まれるとは考えにくいのですが、どの細菌(特に非病原性細菌)がどの様な経路で伝播するかについては不明な点が多いままです。

この論文はホットトピックである腸内細菌の機能ではなく、伝播様式へ注目した点で独自性が高い論文です(好きポイント#1)。病原菌の伝播様式ははるか昔から研究されてきましたが、非病原性細菌の伝播経路はそこまで注目されてきませんでした。注目してもやりようがなかったと言った方が正しいでしょうか。VNC(Viable but non-culturable:生きてはいるが培養できない細菌)などは塩基配列解析技術や培養技術が揃った今でこそ研究対象になり得ますので。

 

さて、腸内細菌の伝播様式を知るためには腸内細菌叢が異なる動物を飼育するのが良いですよね。できれば人間と同じ哺乳類でハンドリングしやすく世代時間の短い生き物…そうですね、マウスです。マウスの世代時間は約3ヶ月ですし、飼育も容易です。それ故に米国だけで年間1億匹は殺されているらしいのですが…(ちなみに人間の推定死亡者数は世界全体で年間5690万人です)。

マウスの腸内細菌叢は飼育施設毎に異なります。マウスの腸内細菌叢は飼育施設毎に異なります。大事なことなので2回言いました。真っ当な飼育施設であれば微生物モニタリングが行われていますので感染症による腸内細菌叢の破綻は通常生じていません。それでも腸内細菌の構成は若干異なるのです。つまり、マウスを外部から導入して腸内細菌機能の研究をしたければ導入元での生産状況が変わらない必要があります(元同僚はこれで失敗していました)。同時に、導入後の飼育施設でも無菌環境を除けば微生物叢が変化しないように制御する必要があります。

 飼育施設毎に腸内細菌が異なるとはいえども、所詮は人工飼育下のマウスです。やはり実験をするのであればもっと多様性が欲しい。そこで著者らはカナダのアルバータ州と米国のアリゾナ州(つまり、アラスカを除いた米国の北端と南端)で野生のマウスを捕まえてきました(好きポイント#2)。最高ですね。21世紀にもなって疫学調査以外の目的で野生のマウスをSherman trapで生け捕りにして近交系を作り始める人達、どうかしています(褒め言葉)。

マウスを実験で使った経験がある方はご存知の通り、研究機関の実験動物共同飼育施設へ野生のマウスを持ち込んで飼育するなんてことは(通常)許されません。もしも病原体が持ち込まれて他のマウスに感染したら進行中の実験が壊滅します。著者らは2ヶ月の検疫期間を設けた(マテメソのSamples参照)と述べていますが、それで持込めちゃうんだ?!という感想です。日本の実験動物関係者を見ていると概ね門前払いされそうですが…(これは偏見)。

 

さてさて、そんなこんなで野生のマウスを導入して飼育し始めた著者ら、腸内細菌叢をモニタリングしつつ近交系の作出を始めます。もちろん両地域で1系統ずつではなく複数系統樹立していきます。短いもので5世代、長いもので11世代飼育しました(Fig. 1A参照)。上で述べたようにマウスの世代時間は約3ヶ月ですので、11世代で約3年ですね。3年。3年ですよ?3年間ただひたすらにマウスを飼い続けるんです(好きポイント#3)。腸内細菌叢のモニタリングをしながら。マウスの飼育費用とシーケンシング代(212サンプルで計15.4Mリード)だけでなかなかなお値段と労力です。そんなんできひんやん、普通。あなたが大学院に入りたての学生で「じゃあ3年間捕まえてきたマウス育ててみよっか」と言われてできますか?(この記事をここまで読んでいる人の中だと、やる人は意外と多そう…)アリゾナ州からBerkeleyへマウスを移送したのが2013年4月と書かれていますので、そこから数えても論文出版まで5年半ですね。下手を打ったら研究費が途切れて終了では…。

 

長きに渡る実験の結果として、偏性嫌気性菌は垂直伝播する傾向が、偏性好気性菌は水平伝播する傾向がそれぞれ認められました(詳細は論文を読んでください)。このままでは論文タイトルが「Transmission modes of the murine gut microbiota」になってしまいますが、Fig. 4で公衆衛生学的な解析を盛り込み"mammalian"へ拡張しています。話をマウスだけに留めない点が非常に上手く、Fig. 4があってこそのScience誌掲載なのではと考えます。

 

ケージや餌を滅菌しても飼育者や飼育設備を介して細菌が水平伝播するという事実は、特に腸内細菌を扱う方にとっては頭の片隅に置かなければならないでしょう。もしかしてあなたの実験の再現性が取れない理由は腸内細菌のせいかもしれません…。

 

最後に、今年は特別賞を2賞提供していますので、参加者の方はご期待下さい!

独り暮らしは119をためらうな

言いたいことは題名の通りです。「自分の意識が無くなったら誰も救急要請してくれないんだからためらわねえよっ!」という人はここでお帰りいただいて結構です。題名を見ても「急に体調が悪くなって深夜に目が覚めたけど119していいのかな…」とか考えてしまう人は

救急車利用マニュアル A guide for ambulance services :: 総務省消防庁

を見てください。これでもう大丈夫ですね。おつかれさまでした。

さて、人生で2回目のアナフィラキシーを体験しました。1回目はルーマニアのド田舎で夜寝てる間に蚊に刺されまくって起きたのですが、最寄りの町から船が1日1往復しかない村は救急要請先がそもそも存在しないので呼吸しやすい体勢を維持しながらひたすら苦しみに耐えました。生きて帰ってこれて本当に良かった。

今回の経過はこんな感じです。

02:20頃:とにかく肛門が痒くて目が覚める。その後、膝の裏など汗を掻きやすい場所が痒いことに気が付いて汗のせいかと思いシャワーを浴びる。シャワー中、体表に複数の丘疹を認めたが、蚊に刺されただけかと考える。

02:30頃:シャワー継続中に痒い部分を引っ掻いた際、痒みを感じている場所を掻けていないことに気付く。この時点で痒みが頭部を含めて上半身全体に拡大している。加えて、耳道の閉塞感、息苦しさ等、痒み以外の症状が出始める。

02:40:近隣の救急外来を問い合わせる目的で#7199へ架電。看護師を名乗る女性による病状聴取の後、回りくどいくらいの鑑別診断を行われる(体重と併せて気胸の話とかされたんですけど、それ今要ります?合併症の可能性はあるか…?)。その後、「救急車を呼びますか?」と尋ねられたがタクシーを呼ぶだけの時間は残っていると判断し、当初の目的通り近医の紹介を受ける(というか、こっちに判断を投げるって役割的にどうなん?)。徒歩圏内に救急外来があったため、そこへ受診可能か問い合わせることにする。この頃、血管が腫脹するような感覚が上半身全体に拡がり、頭痛と胃腸の不快感がひどくなり始める。

02:47:最寄りの救急外来に架電。男性が応答。診察受け入れ可能か担当医に尋ねるとのことで保留状態に。7~8分後、看護師を名乗る女性が応答。受付にした説明を再度繰り返すが受診可否については歯切れの悪い返答。この時点で呼吸ペースが正常から変化している。もう限界だと判断し、救急搬送を依頼する旨を伝えて電話を切る。

02:58:119に架電し救急要請。財布を持ち、玄関の鍵を閉めた後、外へ。通りに一番近い部屋のため、倒れても発見されると考え玄関前に座り込む。

03:03:救急救命士より受電。何を話したか鮮明には覚えていない。

ストレッチャーに乗せられて救急車へ。問診と併せて心電図、血中酸素分圧、血圧を測定(PO2は95%を切るくらい、血圧は上下とも平常時より10~20低い)。この時点で発赤が顕著に出始める。搬送開始前に先刻問い合わせた病院の名前が出たため、断られた旨を伝える。別の病院から受け入れ許可が出たため救急搬送開始。搬送中に蕁麻疹が出始める。

病院到着後、医師による問診。この間にも血圧は下がっていく。乳酸リンゲル液とステロイド剤点滴。迷走神経反射もあったせいか血圧がどんどん下がっていく(最終的に上が90を切っていた)。5時頃に点滴終了。低血圧と吐き気でふらふらになっている。タクシーで帰宅した時間が5時半ごろ。

で、午前休を取る旨をラボのメンバーへメールで伝えて入眠。

今回は蕁麻疹と血圧低下が出始めた段階で済んでますけど、アナフィラキシーってアレルゲンへの暴露から発症、症状の進行速度が症例によって変わるんですよね。私の場合だと最初に掻痒感を感じてから発赤と蕁麻疹が出るまで40~50分掛かっています。なのでシャワーを浴びてから方々へ問い合わせても症状が進行する前に投薬を受けられています。でも、119に架電するという選択をしていなければ血圧下がりながらタクシーに揺られていたかもしれませんし、もしも進行が早ければタクシーを呼ぶ前に意識が朦朧としてしまった可能性もあります。こうなると、独り暮らしをしている私が深夜3時に頼れる手段はありません。詰んだ詰んだ。

というわけで、独り暮らしをしている良い子のみんなは119をためらわないように。あと救急診療費はそこそこ掛かるのでクレカと預金を準備だ。

Pokémon GOにより死す

(注:この記事はわたし@mito_0120がとある論文のことをどれだけ好きかだらだらと語る駄文です。研究室のJournal Clubのようにacademicな文章や内容を期待しないようにお願い致します。そして無駄に長いです。)

ほとんどの方ははじめまして。東京の片隅でひっそりと研究のような何かをしている者です。

この記事は今年読んだ一番好きな論文2017 Advent Calendar 2017 - Adventarの12月9日分です。おまつりけばぶさんによる開催要項はこちら。おまつりけばぶさん、ご企画ありがとうございます!

飛び入り参加ですので、他の方とネタが被らないように出来るだけ新しい論文を選びました。加えて、たくさん紹介されるであろう生命科学系や情報系ではなく、かつ多くの方に理解していただけるような論文を。

それがこちら。

papers.ssrn.com

ドイツ語で言うとDer Tog durch Pokémon GO(Pokémon GOにより死す)ですね。タイトルからして出オチ感がすごい。

日本のニュースサイトでも取り上げられていましたので、もしかすると日本語でレビューされているかと思いましたが、ほとんどは研究から得られた結論への言及に終止し、この論文の(わたしにとっての)面白さを伝えてくれている記事は見当たりませんでした。

だったら私が伝えようじゃありませんか!論文の結論については適当にググっていただければ日本語の記事が見つかりますのでそちらをどうぞ車輪の再発明はわるい文明。

 

・そもそもPokémon GOって何?

Pokémon GOはNiantec社が開発した位置情報ゲームアプリです。2016年7月6日(日本では2016年7月22日)のリリース後から世界中で急速にユーザー数を伸ばし、話題になりました。

2016年8月時点における国内のアクティブユーザー数は1000万人超でしたが、2017年6月時点では推計442万人とだいぶ落ち着いた様子です。

www.valuesccg.com

 

落ち着いたとは言っても数百万人単位でアクティブユーザーがいますので、先月行われた鳥取砂丘イベントには万単位の人が押しかけたとか。

www.itmedia.co.jp

 

Pokémon GOは位置情報を利用するゲームということもあり、移動中に操作を行うプレイヤーがいました。それらのプレイヤーが引き起こした交通事故は、Pokémon GOの名称を使用しながらニュースで取り上げられました。

www.jprime.jp

上にお示しした記事は一例ですが、"ながら運転"と称すれば済むところを、あたかもPokémon GOにより交通事故が増えていると思わせるような書き方、報じ方を耳目にした記憶はみなさんお持ちではないでしょうか。もちろん、ながら運転におけるPokémon GOの割合は増えていたのでしょうが、「Pokémon GOがリリースされたことにより交通事故が増加した」と結論付けるためには研究を行う必要があります。

 

・先行研究〜日本の場合〜

今年の10月にPokémon GOが日本の交通事故へ与えた影響について検証された論文(Brief report)が発表されました。それが↓です。

injuryprevention.bmj.com

上の論文では2015年と2016年の日本国内における交通死亡事故の数値を基に解析を行い、Pokémon GOが与えた影響は無視できる程度に低いだろうと結論づけました。この結論は「Pokémon GOがあろうがなかろうがスマホをいじる人間はスマホをいじる」と考えれば妥当であるように感じます。

"Death by Pokémon GO"の中でも1988年から一貫して減少していた米国における交通事故の件数が2011年を境に増加へ転じたことと、Apple社のApp Storeにおけるダウンロード数を指標としたスマートフォン普及の関係について言及しています(もちろん様々な要素があるのでかんたんに結論は出せないという前置きをしています)。ちなみに、このダウンロード数はWikipediaより引用されています。日本の大学に多数生息するWikipediaアレルギー患者が見たら卒倒しそうなことをさらっとやってのける点も、わたしのツボにはまった部分です。

一方で、死亡事故以外の交通事故や交通事故の発生状況についてはまだまだ検討の余地が残されています。"Death by Pokémon GO"はこれらの点についても考察を行っています。

 

・この論文のここが好き①:謝辞に載っている人の肩書とデータの無償提供

"Death by Pokémon GO"では米国インディアナ州のTippecanoeという街で起きた交通事故について研究を行っています。Tippecanoeといえばテカムセの戦争における戦闘が有名ですね。

研究の対象とした期間は2015年3月1日から2016年11月30日までで、交通事故データは"The Lafayette Police Department, the West Lafayette Poloce Department, the Purdue University Police Department, and the Tippecanoe County Sheriff's Office"の4組織により提供されています。これに関連して"Death by Pokémon GO"の謝辞には警察関係者の名前が挙げられています。その肩書がChiefやSheriff、Captainなんですよね。米国は警察組織によって階級における肩書が異なりますので、これらの肩書がどの程度の階級を示しているのかわかりませんが、警察と無縁な研究をしているわたしからするとかっこよさしかありません。

また、交通事故データについては照会1件あたり通常8〜12USドルが請求されるそうですが、今回の研究にあたっては全データが無料で提供されたそうです。米国の警察組織は組織間で転職(異動ではない)が当たり前で、民間企業寄りの感覚です。その中で、対価を求めずデータ提供のために労力を費やしたという点は驚きでした。

 

・この論文のここが好き②:3ページに渡るPokémon GOの説明

さて、この記事で紹介する論文"Death by Pokémon GO"が先に紹介した日本の論文と大きく異なる点はPokémon GOというゲームの性質に寄り添ってその影響を検討した点に尽きるでしょう。

Pokémon GOの特徴は位置情報の利用にあるということはすでにお伝えしたとおりです。Pokémon GOにおいて、プレイヤーは実際の地図に沿ったマップ上で活動します。プレイヤーの位置は端末の位置情報を元に決定されるため、ゲーム内で移動するためにはプレイヤー自身も移動する必要があります。

Pokémon GOにおけるプレイヤーの目的は"Pokémon"と呼ばれるキャラクターを収集することです。PokémonはPokémon GO内の地図へ不定期に出現します。Pokémonを捕まえるためには"Poké Ball"というアイテムを使用する必要があり、Poké Ballは使用すると数が減っていきます。Poké Ballは地図上に配置された"PokéStop"と呼ばれるポイントへアクセスすることにより「無料で」手に入れることができます。つまり、無課金でPokémonを集めようとすると、多くのPokéStopへアクセスする必要があります。

PokéStopへアクセスするためにはPokéStopの半径約50m以内に近づく必要があります。しかし、例えば時速50kmで移動している車に乗りながらアクセスしようとするとたった7秒しかチャンスがありませんので事前にPokémon GOを起動しておく必要があり、そのためにはPokéStopの416m手前から準備しなければいけないと"Death by Pokémon GO"で推測されています。

"Death by Pokémon GO"の論文のすごいところは、このようなPokémon GOの仕組みについての解説が7ページ目から9ページ目にかけて約3ページに渡り行われているところです。未だかつて Pokémon GOのプレイ方法についてここまで詳細に記した論文があったでしょうか(Pokémon GOと身体活動に関する論文もあるので、そちらで記述されているかもしれません)。加えて、著者らは以前"ながら Pokémon GO"をおこなっていたErgoという Pokémon GOプレイヤーに聞き取りを行い、 PokéStopの約83mかそれ以上手前からアプリを起動していたという話を記しています。そこ、名前出していいんだ。

ちなみに 、Pokémon GOでは"Gym"と呼ばれる Pokémon同士を戦わせるポイントもあります。しかし、Gymでのプレイは数分要するため、 運転しながらプレイすることは困難だと結論付けられ、解析はPokéStopの周辺についてのみ行われました(GymはPokéStopに対するコントロールとして用いられます)。これら一見当たり前のように思える点についての詳細な検討・記述からは研究に対する真摯さが汲み取れます。

 

・この論文のここが好き③:ゲーム攻略サイトとコラボレーション

続いて 、警察から提供された事故データとPokéStopのデータをmergeさせていくわけですが、公式に提供されているPokéStopの位置データはありません。そこで著者らが目をつけたのが非公式攻略サイト"PokémonGoMap.info"です。

www.pokemongomap.info

 このサイトは全世界のPokéStopやGymなどの情報を網羅しており、それらをGoogle map上で確認できます。利用料金の設定がなくAdがついているところを見ると、広告収入で成り立っているサイトと推測できます。例えば研究結果によりPokémon GOの配信が停止された場合は広告収入が減少するため、データ提供によりサイトの運営者が不利益を被ります。しかしながらPokémonGoMap.infoの管理者であるStuart Grahamは著者らにデータを提供しました。そして非公式のゲーム攻略サイトとの管理者が謝辞に名前を連ねるという珍しい現象が起きたのです。

 

・まとめ 

データ収集の後、著者らはPokémon GOリリース後の事故件数、特にPokéStop近辺における事故件数や被害額などの算出を行いました。もちろん、記載があるものについては事故の原因(携帯電話の使用、運転者の眠気や疲れ等)についても解析を行っています。そして、Pokémon GOリリース後148日間の交通事故による損失額の上昇が520万〜2550万USドルに上ると推定しました。全米規模に外挿した場合は推定20億〜73億USドルに上るそうですから相当な額です。

しかし、わたしがこの論文"Death by Pokémon GO"を好きな理由はその結果やテーマの面白さよりも、むしろ上に挙げたような研究計画・準備と丁寧な記述にあります。共同研究依頼や材料のリクエストをした経験がある方ならわかると思いますが、外部へ何かをお願いすることは非常に大変な作業です。ましてや複数の警察組織や世界中からアクセスされるウェブサイトの管理者と交渉し、相当な量のデータを提供してもらうことは相当骨が折れたのではないかと想像しています(しかもPokéStopの位置データについては相手にリスクを負わせる状態で!)。

というわけで、冒頭で申し上げたとおり、推計の過程や結果についてほとんど触れずにこの記事は終わりになります。この論文の本文を実際に読んでいただくと味わい深さがさらに増すと思いますので、ご興味を持たれた方はぜひ下のリンクからお読みください!
papers.ssrn.com