リアル耐毒バフ
(2019年12月28日一部追記・修正)
今日はクリスマスですね。私はひとりぼっちになった研究室でこの記事を書いていますが、12月26日にこの記事を読んでいるみなさんはそれぞれの大切な人と共に夜を過ごしたのでしょうか?
リア充は3回回って爆発しろ!!!!!
どうも、@mito_0120です。去年に引き続き今年読んだ一番好きな論文2019 Advent Calendarの参加記事です。けばぶ(@kebabfiesta)さん、一昨年、去年に引き続き主催をありがとうございます!常通り飛び込みで参加します。既に20時を大きく回っているが、果たしてこの記事は終電までに書き上がるのか。
さて、今年も色々な論文を読みましたが、個人的に一番ロマンを感じたのは大腸菌を栄養的に独立させる論文です。
↓Science誌による紹介記事
www.sciencemag.org↓本文はこちらから
https://www.cell.com/cell/fulltext/S0092-8674(19)31230-9
社会学におけるサンプリングバイアスの論文も興味深いものでした。
(※紹介する論文は誰でもアクセスできるPDF版へのリンクを入れてありますが、こちらは主旨にそぐわないためHTML版のみです。あしからず。)
とはいえ、「好き」という観点から選ぶのであれば、今年はオオカバマダラの毒抵抗性に関する論文でしょうか。
↓PDF版(誰でもアクセス可)
↓HTML版(Nature購読者用)
ざっくりと解説すると、
1. 昆虫の各科で独立に出現する毒(強心配糖体)耐性の進化学的解析を出発点とし
2. モデル生物であるキイロショウジョウバエに毒耐性関連変異を導入することで
3. 毒耐性のチョウ目における段階的獲得をなぞった
という報告です。例のごとく概要と好きなポイントだけ話して満足するスタイルでやっていきますので、細かい部分は各自で味わってください。
非モデル生物で認められる形質への関与が予測された塩基変異を、ゲノム編集技術が既に確立されたモデル生物へ導入することでその関連を実験的に証明するという方針そのものはもはやスタンダードと言っても過言ではないでしょう。
2016年の論文ですが、蛇における四肢の消失に関与するエンハンサーの特定を目指した研究でもマウスに蛇型変異を導入して四肢が発生しないマウスを作出しています(下記)。四肢が正常に発生しないマウスの写真は衝撃的でした。
Progressive Loss of Function in a Limb Enhancer during Snake Evolution
本論文の責任著者であるDr. Whitemanの経歴を拝見すると、学部では昆虫(ハチ)の形質置換の研究、修士課程では昆虫の形態や分類、博士課程では鳥類に寄生するシラミなどの集団遺伝学的解析を行ったようで、生態学から徐々に進化学・分子生物学へ近づいてきたことがわかります。本論文はこれらのバックグランドを存分に発揮した内容です。
さて、本論文の主役(…というには出番が薄い)であるオオカバマダラ(Monarch butterfly)は北米に生息するチョウの一種です。このチョウの特徴として有名な行動に"渡り"があります。
オオカバマダラはメキシコやフロリダ州など比較的温暖な地域で越冬を行いますが、春から夏にかけて餌を求めて北上していきます。1年以上の寿命を持つ、例えば鳥類であれば、1個体が越冬地と避暑地を往復することができます。しかし、オオカバマダラの寿命は短く、北上する際は2〜3世代かけて、ゆっくりと移動し、秋に越冬地へ南下するときは1世代で移動する特徴があります。
ところで、チョウは草花に好き嫌いがあり、オオカバマダラもその例外ではありません。そこで、オオカバマダラが好む草花を庭に植えることでオオカバマダラを招くガーデニングも行われているようです。
チョウの好き嫌いは産卵場所にも発揮されます。オオカバマダラが産卵する植物は「トウワタ」という植物です。このトウワタはキョウチクトウ科に属する植物で、お察しの通り毒草です。トウワタの主たる毒(アスクレピン)はキョウチクトウの主たる毒(オレアンドリン)と同様に強心配糖体で、主にナトリウムポンプのαサブユニット(以下、ATP-α)に結合することでその機能を阻害します。オオカバマダラがアスクレピンを体内に蓄えられることから、強心配糖体感受性の生物と比較してオオカバマダラATP-αのアスクレピン結合能は低いことが予想されます。
強心配糖体抵抗性はオオカバマダラ以外の昆虫にも見られる形質で、系統樹内で独立に発生することが過去の研究から示唆されていました。
そこで、著者らは既報のATP-αアミノ酸配列および強心配糖体抵抗性・蓄積能を系統的に比較することで、ATP-αにおける強心配糖体抵抗性関連変異を見出すだけでなく、強心配糖体抵抗性関連変異の進化の道のりを明らかにしようと試みます。
Fig.1では巨大な系統樹が示されていますが、ここで最も重要なポイントはショウジョウバエの一部においても強心配糖体抵抗性が獲得されている点でしょう。前述の蛇の論文では爬虫類の配列を哺乳類であるマウスに導入しているため、表現型が観察された動物とモデル動物の間に大きな隔たりがあります。しかし、今回はモデル生物であるキイロショウジョウバエの近縁種が強心配糖体抵抗性を獲得していることから、独立して進化したはずのATP-αの強心配糖体抵抗性変異に共通点が見出されれば、その変異が導入されたキイロショウジョウバエが強心配糖体抵抗性を獲得するという予想は強くなります。
著者らはATP-αにおける111、119、122番目のアミノ酸(祖先としてQANが推定)が強心配糖体耐性との関連が強い(119番目は111番目との共進化)という解析結果を示しますが、果たして強心配糖体抵抗性を持つショウジョウバエ近縁種(Droshophila subobscura)とオオカバマダラのATP-αにおいてアミノ酸は共にVSHとなっていたのでした。ここが本論文の肝で、万が一ショウジョウバエとオオカバマダラで強心配糖体抵抗性関連変異が異なるような結果であれば、Fig.2以降の実験をもやもやを抱えながら眺めることになります。(実際のところ、系統樹を描いてからオオカバマダラをメインに据えたストーリーを考えたようにも思えますが…)。
Fig.2以降はゲノム編集でキイロショウジョウバエにガンガン変異を導入して強心配糖体抵抗性の獲得を調べると共に、その強度や強心配糖体蓄積能が系統樹で示された進化の道筋に沿って強化されていく様子を示しています。もちろん大変な作業を伴う実験ですが、最後の方では解釈をエピスタシスに丸投げするような(せざるを得ない)状況もあり、Fig.1ほどパリッとしない印象です。
さて、私がこの論文を好きな最大の理由は、過去に生態学的研究から見出されていた形質の原因をin vivoレベルで確認した点にあります。加えて、上述の蛇の論文ではかなり広範なゲノム解析を行なっていた(はず。3年前に読んだので記憶がおぼろげ)にも関わらず、本論文では2つの遺伝子(!)の限定された領域と生態学的知見を合わせることでFig.2以降の実験を行うための根拠を見出しています。図にすると一見スマートに見えますが、実際は結構泥臭い仕事だと想像します。
ゲノム編集技術の普及とモデル生物の活躍の幅が急速に拡大していることは言うまでもありませんが、ツールだけがあっても使い方がうまくなければ無意味です。その点で、本論文はマクロに観察された生命現象から既に存在する知識やミクロな分子生物学の世界へアプローチするという新たな道筋を示した点でも評価できそうです(私が知らないだけで似た研究は溢れているのかも知れませんが、この規模の生物種横断的かつ生態学的知識を起点としたアプローチを見た記憶がありません)。
近年、数十年前に報告されたものの当時はアプローチができないまま忘れ去られたような報告を起点とした研究が所謂トップジャーナルに掲載されている例をちらほらと目にします。この論文も温故知新を体現するような研究であり、古い論文まで隅々調べることの大切さを改めて噛みしめたのでした。
(2020年1月27日・追記)
Yu Nakajima (@nkjmu)さんより、「今年も滋賀の魅力を押しつけていくで賞」として近江牛味噌漬け、琵琶湖マスの昆布巻き、喜楽長の純米大吟醸をいただきました!!!え、本当にこんな高級品をいただいてもいいんでしょうか…。とりあえず滋賀県のことは大好きになりました。